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名古屋地方裁判所 昭和43年(行ウ)5号 判決 1969年9月12日

名古屋市中区西川端町六丁目二番地

原告

千代田木材株式会社

右代表者清算人

神谷洋二郎

右訴訟代理人弁護士

竹下重人

名古屋市中区三の丸三丁目三番地

被告

名古屋中税務署長

土井実

右指定代理人

中村盛雄

吉田文彦

中野長夫

植田栄一

右当事者間の昭和四三年(行ウ)第五号法人税更正処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告が原告の昭和三八年法人税につき、昭和四一年三月二六日付法第二―八九〇号を以つてなした、

昭和三八年度所得金額を七、九〇二、〇五四円、納付すべき法人税額を二、九〇二、七六〇円とする

更正処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立て

(原告)

原告の昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一日までの事業年度の法人税について、被告が昭和四一年三月二六日付法第二―八九〇号法人税額等の更正通知書をもつてした更正処分は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、原告は昭和四〇年三月一五日解散し、同年五月一六日清算結了した会社であるが、原告の昭和三八年度の法人税につき、被告に対し、欠損金額を一、〇八四、二四七円、法人税額を零として確定申告したところ、被告は昭和四一年三月二六日付法第二―八九〇号を以つて所得金額を七、九〇二、〇五四円、法人税額を二、九〇二、七六〇円とする更正処分をし、その旨原告に通知した。

二、原告は右更正処分につき、昭和四一年三月三〇日被告に対し異議申立てをしたが同年六月二三日付で棄却の決定がなされ、その旨原告に通知された。よつて原告はさらに昭和四一年七月一六日名古屋国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四二年一二月一九日付で棄却の裁決がなされ、その旨原告に通知された。

三、右更正処分は次の理由により違法である。

(一)  原告は神谷洋二郎外七名の共有にかかる名古屋市中区西川端町五丁目二三番の二の宅地約一九二坪を借り受け、原告会社の建物敷地および木材保管場所として使用していたが、営業不振のため昭和三八年三月三一日限り営業を廃止することとなつたので同日右土地の使用契約を合意解除した。そして同地上にあつた建物を取りこわしの約で売却処分することとし、その処分まで右土地の明渡しの猶予を受けたが、原告は同年四月一日以降の使用損害金を支払つていないし、右契約解除にあたり立退料等の支払を受けていない。原告は同年七月末ごろ事業を廃止し、建物は同年一一月末ごろ取りこわされた。

(二)  被告は右事実について土地の返還は昭和三八年一〇月ごろなされたものと認定し、右土地返還に際し、原告は土地所有者から立退料として借地権価格相当額の支払を受けるべきであつたのに、これを受けとらなかつたのは、右相当額を所有者に贈与したものと認定した。そして被告の認定によれば、昭和三八年一〇月ごろにおける右土地の借地権価格は九、〇八七、五九二円であり、これが神谷洋二郎外七名の共有者に贈与されたものであるが、共有者のうち、神谷洋二郎、神谷省三郎の両名は原告会社の役員であるから、これに贈与したと認定された二、二七一、八九八円は役員賞与であり、その全額が損金に算入されないし、共有者のうち前記両名を除く六名に贈与したと認定された六、八一五、六九四円は寄附金であるから、損金算入に関する法定の限度額一〇一、二九一円を差し引いた六、七一四、四〇三円が損金に算入されない。損金に算入されない額の合計八、九八六、三〇一円と原告の確定申告にかかる欠損金額一、〇八四、二四七円とを差引計算すれば、係争事業年度の所得金額は七、九〇二、〇五四円となる、というのである。

(三)  被告は右計算にしたがい本件更正処分をしたものであるが、これは所得の生じていないところに課税するものであり、法令の解釈適用を誤つた違法がある。

四、よつて原告は違法になされた本件更正処分の取り消しを求めるため本訴に及ぶ。

第三、被告の答弁

一、請求原因第一、二項は認める。ただし、第二項中原告が審査請求した日付は昭和四一年七月一二日である。

二、同第三項中契約解除および事業廃止の時期ならびに更正処分が違法であるとの主張は争うが、その余は認める。

第四、被告の主張

一、原告は法人税法(昭和二二年法律第二八号)第七条の二に該当する同族会社であり、その実権は代表取締役たる神谷洋二郎が掌握していた。

二、原告はその代表取締役たる神谷洋二郎外七名(いずれも同人の二親等内の親族である。)の共有にかかる名古屋市中区西川端町五丁目二三番地の二の土地一九二坪三合三勺(以下本件土地という。)を原告会社の建物敷地および木材保管場所として賃料年額八万円で賃借し、使用していたが、右共有者らが右土地を昭和三八年一〇月三一日訴外国洋石油株式会社に更地として代金三六、三五〇、三七〇円(坪当り一八九、〇〇〇円)で売り渡すに当り、右賃貸借契約を合意解除した。そして右地上にあつた原告会社の建物はそのころ同年一一月三〇日までに撤去する約で売却処分がなされ、右建物は期限までに撤去されたので、同年一一月三〇日右訴外会社のために本件土地の所有権移転登記がなされた。

三、原告は前記のとおり本件土地に対する賃貸借を合意解除したが、これについては土地共有者から何等対価を受領していない。土地賃借人が賃貸人の利益のために賃借権を消滅せしめる場合には、賃貸人から相当の対価を受領するのが通常であるところ、原告会社は右土地共有者らによつて組織せられた同族会社であるため、自己の利害を無視して、無償で右賃借権を消滅せしめた。従つて原告は右共有者に対し、借地権消滅のために通常当事者間に授受せらるべき金額(借地権価額)に相当する実質的利益を供与したものというべきである。よつて原告は実質的に右金額相当の経済的利益を実現しているものというべきであるから、実質課税の原則から云つても、又行為計算否認の規定からいつても、右経済的利益は原告の益金として計上せらるべきものである。

四、借地権価格相当額は本件土地の売却坪当り単価に原告が建物敷地および木材保管場所として現実に使用している面積と借地権割合を乗じて算出した金九、〇八七、五九二円である。借地権割合は本件土地の近傍類似の実例に基づき一〇〇分の五〇が相当である。

その計算を数式で示すと次のとおりである。

(坪当り価格)(使用面積)(借地権割合)(借地権価格相当額)

<省略>

第三、被告の主張に対する原告の答弁および原告の再主張

一、被告主張第一項は認める。

二、同第二項中本件土地の使用関係が賃貸借であり、賃料が年八万円であること、契約解除の時期は否認し、その余は認める。

三、同第三項は否認する。

四、同第四項中計算関係は認める。

五、本件土地の使用関係は使用貸借である。本件土地について原告が地代として昭和三二年度、昭和三六年度、昭和三七年度に年額八万円を支払つたように原告方帳簿に記載されているが、これは原告会社代表取締役神谷洋二郎が交際費等に使用した金を、帳簿上地代として記載したに止まり、現実に地代として土地共有者に支払つたものではない。また原告は昭和三八年四月以降はほとんど営業せず、残務整理をしていたもので、同年七月ごろ事業を廃止した。本件土地使用契約の合意解除は、営業継続の見込みがなく、土地使用の必要がなくなつたのでなされたものであつて、貸主の都合によるものではない。従つて本件土地に対する借地権価格相当額が原告会社の益金に計上されるべきであるとの被告の主張は理由がない。被告は原告が同族会社であるから、借り受けた土地を無償で返還したことに対し行為計算否認の規定の適用があるとされるも、右規定は同族会社の経営者による恣意的行為又は計算を抑制する趣旨であるから賃借人が事業を廃止し、借り受けた土地を返還する場合にも、取引上借地権価格相当額を収受する慣行があるならば格別、その慣行がない以上、本件について右規定を適用する余地はない。

第六、証拠

原告は乙第四号証の成立は不知、その余の乙各号証の成立を認め、原告代表者本人尋問の結果を援用した。

被告は乙第一ないし第一七号証、第一八ないし第二〇号証の各一、二を提出し、証人服部守の証言を援用した。

理由

原告が昭和三八年度の法人税につき、欠損金額一、〇八四、二四七円、法人税額零として確定申告をなし、被告がこれに対し昭和四一年三月二六日法第二―八九〇号を以つて所得金額七、九〇二、〇五四円、法人税額二、九〇二、七六〇円とする更正処分をなしたこと、原告は右更正処分に対し異議申立をしたが、同年六月二三日、右異議申立が棄却せられ、又名古屋国税局長に対してなした審査請求も昭和四二年一二月一九日棄却せられたことは、いずれも当事者間に争いがない。

又原告は訴外神谷洋二郎外七名から、同人らの共有にかかる名古屋市中区西川端町五丁目二三番の二の土地六三五・八平方メートル(一九二坪三合三勺)を借受けていたところ、昭和三八年中に右土地の貸借契約を合意解除して、右土地を共有者に返還したが、その際原告は土地共有者から借地権消滅に対する対価を受領しなかつたこと、そこで被告は、右原告の所為は賃借権消滅に伴い通常収受すべき対価を土地共有者の利益のために収受しなかつたものであるから、実質的には、原告は賃借権消滅に伴い通常授受せらるべき経済的利益を収受し、それを土地共有者に贈与したと同一である。よつて右経済的利益は原告の益金として計上せらるべきものである、という理由のもとに右更正処分をなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで先ず右土地の貸借関係について案ずるに、成立に争いのない乙第一二号証および原告会社代表者本人尋問の結果を総合すれば、本件土地の共有者は原告会社代表者神谷洋二郎とその兄弟姉妹および母であり、そして原告会社は右神谷洋二郎の一族が経営する会社で、その取締役三名は右土地共有者のうちの三名で占めていたこと、従つて本件土地の使用関係は、経済的には恰も自己の所有地を自ら使用すると同様の関係にあつたので、原告は土地共有者と賃貸借契約を締結することなく、本件土地を使用していたことが、それぞれ認められる。尤も成立に争いのない乙第一ないし第三号証(原告の昭和三六年度から昭和三八年度までの法人税確定申告書)には本件土地の賃料として昭和三六年度から昭和三八年度まで毎年八万円ずつ地主に支払つたように記載してあり、又原告の帳簿にも、昭和三二年度、昭和三六年度、昭和三七年度に本件土地の賃料年額八万円を支払つた旨記載されていることは原告の自認するところである。更にまた証人服部守の証言によつて成立を認め得る乙第四号証によれば、原告は昭和三五年度法人税確定申告書にも、本件土地の賃料として金八万円を支払つた旨記載したことが認められる。又原告代表者本人尋問の結果中には、原告は会社設立当時計理士の勧告により、三期位賃料を支払つた旨の供述部分がある。然し原告会社代表者本人尋問の結果(但し右供述部分を除く)および弁論の全趣旨を総合すれば、右年額八万円の金額が賃料として現実に土地共有者に支払われた事実はなく、ただ租税対策上帳簿に賃料を支払つたように記載し、また税務署へもそのように申告したに止まることが認められるから、右書証、供述および原告の自認によるも、右士地の貸借関係を賃貸借と認定することは困難である。なお証人服部守の証言によるも右土地の貸借関係が賃貸借であると認めるに足らず、そして他に右事実を認めるに足る証拠はない。よつて右土地の貸借関係は使用貸借であると解するを相当とする。

ところで、土地の使用貸借を合意解除する場合に、地主が使用借人に使用借権消滅の対価を支払うことは通常ないことであるから、原告が右使用貸借を合意解除するに当り、何等対価を受領しなかつたとしても、それによつて右土地共有者に経済的利益を供与したことにはならない。

以上の理由により、本件土地に賃貸借契約が成立し、その解除に当つて原告が実質上経済的利益を享受したことを前提としてなした、被告の本件更正処分は、違法であるというべきである。よつて右更正処分の取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本重美 裁判官 反町宏 裁判官 清水正美)

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